して循環しているから、海が溢れて、陸地が沈んでしまうなんていうことはない」
「よくしたものでございますねえ」
「今度は海ばかり見ないで、雲を少しごらんなさい」
駒井はお松に向って遠眼鏡を天上に向けることをすすめましたが、お松はそれに従わないで、
「あれ――舟が見えました、はじめて、あれは舟ではございますまいか」
「舟! どんな形をしています」
「たしか舟だろうと思いますが、見慣れた日本の舟の形をしています、黒船ではございません」
「どれ――」
駒井は、お松の手から遠眼鏡を受取って、
「なるほど、舟にはちがいない」
「ね、舟でございましょう」
「舟だ――お前の見た通り和船だ、漁師船だな、鰹《かつお》でも釣りに出たのだろう……あ、面白いぞ、面白いぞ、お松さんごらん、すてきなものが出て来ましたぞ」
「何でございますか」
「まあ、ごらん、いま見た舟よりずっと南の方を」
「南はどちらでございますか」
「右の手の方が南です、そら、あの辺をごらん」
と言って、再び駒井はお松に遠眼鏡を手渡しました。
指さされた方を一心に見ていたお松は、
「あ、黒船がまいりました」
「黒船ではないよ」
「いいえ、
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