、遠眼鏡を知らないものは信用を置き過ぎて、江戸の築地の異人館の楼上で、アメリカやオロシャが見えるなんぞと言うが、そんなものではない」
「やはり、どちらを見ても海でございます」
先刻、磐城平に近い塩屋崎の方面だと海図で教えられた方向を眺めても、やっぱり山の形は見えないようです。見えるとすれば、この間を隔たる幾日かの前後に、田山白雲を※[#「彳+低のつくり」、第3水準1−84−31]徊《ていかい》顧望せしめた、勿来《なこそ》、平潟《ひらかた》のあたりの雲煙が見えなければならないはずだが、
「今までは、陸地でばっかり海を見ましたから、海の本当の姿がわかりませんでしたが、こうして海の真中にいて見ますと、海というものが、どのくらい広いものだか、幅も底も知れないということがわかります」
お松がこう言いながら、その無制限に広い海の姿を、遠眼鏡をとおして見ることの興味にいよいよ熱中している。そこで駒井は言いました、
「それは広い、日本内地でも武蔵野の真中に立つと、ちょっと茫々たる感じがして、古人も、月の入るべき山もなし、なんぞと歌いましたが、それでも武蔵野を一日歩けば、どこかの山へ突きあたりますよ
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