ませんか、万一の時にも――」
「それは、やはり素人《しろうと》考えなのです、船は沖にいるほど安心で、陸へ近づくほどあぶないものです。素人は陸地が見えさえすればやれ安心と思い、少々は無理をしても早く港入りをしたいように焦《あせ》るけれども、実はそれが最もあぶないのです。海路の案内を充分に心得た人なら、陸に近いところを通ってもいいが、我々のような駈出しの船長はなるべく陸に遠いところを通っているのが無事なのです。ですから、こうして毎日陸の見えないところばかりを通っていますが、それでもいま言った鹿島、磐城の海岸からさして遠くはないのです。それともう一つの理由はね、普通の和船ならばとにかく――この船は少し洋風の形が変っていますから、陸上で見咎《みとが》められると困ることがあります。あちらの常陸《ひたち》は水戸家の領で、あの辺では、外国船と見ると一も二もなく打ちはらってしまえということになっている、水戸に限ったことはない、異形《いぎょう》の船が通ると見れば、どこの藩でも注意していて、手に合わないと見れば、伝馬で駅次に報告するからあぶない。よって我々はこの船を、それらの人の注意をそらすためにも、わざ
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