ころを走っているのです」
駒井は指で、海図の上のある一端を指摘しました。
「左様でございますか」
指差されたところを注視したけれど、お松としては、やはり茫洋《ぼうよう》たる海の中に置かれたと同様な心持で、さっぱり観念を得ることができないから、
「こんなに陸に近いのでございますか。それでも、ここにいますと、どちらを見ても陸地は少しも見えないではございませんか」
「全くその通りです、地図で見れば、ちょうどこの船のあるところは、磐城平《いわきだいら》に近い塩屋崎というところの沖に当りますが、ここにいては東西南北みんな海で陸地は見えません、またなるべく陸地の見えないようにと船をやっているのです。もっと近く陸地の見えるところを通れば通れるのですが、わざと見えないように船をやっているというわけはわかりますか。それは第一この船長が航海に慣れないのと、陸地からなるべく船の形を認められないようにとの用心のためなのですよ」
駒井は噛《か》んで含めるように説明はするのだが、お松には、その親切はわかっても、意味はよく呑込めないのです。
「それでも、なるべく陸地に近いところをお通りなさる方が安心ではござい
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