越後獅子を踊りますよ」
 ウスノロのマドロス君は、茂太郎に引廻されて、訓導の任をおっぽり出して、越後獅子を吹かせられることになり、甲板の前は大陽気です。
 茂太郎独特の越後獅子と、怪しげなマドロス君の吹奏が終ると、今度は先生が一倍嬉しくなってしまい、笛をおっぽり出して、茂太郎の手をとり、ダンスをはじめてしまいました。
 見物は大よろこびです。
 お松も笑いながら見ていましたが、いいかげんにして、ひとり船首の方へ歩いて行きましたが、横振りを手すりにつかまって避けながら、いい気持で海を眺めながら、デッキを渡って来て見ると、そこに船長室が見えて、駒井が熱心に何か仕事をしているのが見られます。

         六十二

 船長室のデスクの上で、駒井甚三郎が一心に見つめているのは海図であるらしい。
 駒井は海図を見つめた目をはなして、海を眺めようとして、その近いところに人の彳《たたず》むのを見ました。その人はここまで来たけれども、駒井の熱心な研究ぶりに遠慮をして彳んでいたもののようです。そこで、駒井が窓を開いて言葉をかけました、
「お松さん、お入りなさい」
「お邪魔にはなりませんか」
「かま
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