が身をこの血の池に投げて、あたらの身を亡ぼしてしまうのでございます。ほんとうに困ったものではございませんか」
「左様――」
「みんな一つの増上慢心から起るのでございます――すべての罪のうちの罪、悪のうちの悪の源は、増上慢心でございます。この世に戦いより男子を救い、罪の淵から女人をなくするためには、何を措《お》いてもまず、この目に見えぬ一切の悪の源である増上慢心を亡ぼさなければなりません――三千人の人を殺すより、一点の増上慢心の芽ばえが悪いのでございます。あの修羅の巷の人と人との殺し合いも、この底知れない血の池の深さも、もとはといえば、その隣りの人に示す人間の誇りが、芽ばえでないということはございません。一人に誇る優越が、万人の羨《うらや》みとなり、嫉《ねた》みとなる時に、早や千業万悪の種が蒔《ま》かれたのでございます」
「いったい、人間が多過ぎるのだ」
 竜之助がやや荒っぽく言いました。
 その時またもや、山の峡《かい》と、山脚とから、
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
 波の音だけが起りはじめました。
 途端に、弁信も、竜之助も、あっ! と言って湖面を見たのは、千尋《せ
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