でしたか」
「君はいったい、お雪ちゃんという子を、どうして知っているのだ」
「よく知っています。あちらの修羅の巷では戦《いくさ》がはじまって、男同士が殺し合っております、おそらくあのままで置きましたら、この地上に男の種が絶えてしまうのではないかと疑われます。それにひきかえて、この池は女ばかりでございます。男はみんなああして戦って死にます、女はこうして、身投げをするのですね。ごらんなさい、あの肉体はみんな、この池へ身を投げた女人たちでございます。もしやお雪ちゃんも、そのなかの一人となっているのではないかと、そんなような気がしましたものですから……」

         六十

 その時、どちらがどうしたはずみか、中に置いた銀壺を覆《くつがえ》して、その水を地上にぶちまけてしまいました。
「あっ!」
 竜之助が、驚いてそれを引起そうとすると、弁信が、
「いいえ、かまいません」
 弁信にとっては与えるほどの水だが、竜之助にとっては、その一滴も救生の水でありましたから、さすがこの人も勿体《もったい》ないと感じたのでしょう。
「惜しい、惜しい、この水一滴あれば、人一人の命が助かるのだ」
 竜之助
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