、漫々たる緋縮緬の池の面ばかりを見つめている。
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
そうら、また白い搗《つ》きたての、べっとりしたお供餅のような一対ずつが、無数に現われ出して来たぞ。
「いったい、君は、血の池を見るために、わざわざあの雪峯を越えて来たのかね」
焼けつく咽喉を全く癒《いや》しつくされた竜之助は、弁信の注視するところに向って、自分の念頭を置くようになると、
「はい、わざわざ血の池を見物に参ったのではございません、実は少々尋ねる人がございまして、もしや、この池の中に……と思ったものでございますから、それを探しにまいったようなわけでございます」
弁信が答えますと、竜之助がそれについて、
「そうですか、誰です、そのたずねる人というのは――」
「お雪ちゃんです。もし、あの子がこの池へ落ちていやしないかと思いましてね」
「お雪ちゃん?」
「え、万々そんなことはないとは思っておりますが、それでも、あちらの道が修羅《しゅら》の巷《ちまた》で通りにくうございますから、道をまげてこちらへまいる途中でございます。もしや、お雪ちゃんらしい人を、この池の中でお見かけにはなりません
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