は、
「お前さんは血の池を見に来たようだが、わたしは一杯の清水が欲しい」
「それは、お安いことです」
弁信は背中につけていた銀壺を卸して竜之助の前に置き、
「さあ召上れ、このまま口づけに召上れ――杯《さかずき》も、柄杓《ひしゃく》もござりませぬ」
「では、遠慮なく……」
竜之助は、その銀壺を取って飲みはじめました。
「あ、腸《はらわた》にしみる、いい心持だ――何といういい心持だろう、この味は……」
「あの山の頂に、金剛水がございましたから、それを汲んで参りましたのです」
「みんな飲んでしまってもいいかね」
「よろしうございますとも、いくらお飲みになっても飲み尽すという心配はございませぬ」
「でも、みんな飲んでしまっては、お前さんがまた困るだろう」
「いいえ……」
と言いながらも、弁信は、漫々たる血の池の面ばかりを見つめています。
竜之助は、諒解《りょうかい》を得た意味にとって、その銀壺の水を傾け尽そうとして、早くも満腹になりました。
「まだ、ある」
さしも貪《むさぼ》り飲んだ銀壺の水が、まだ若干を余している。
弁信は、せっかくの金剛水を、みんな飲まれてしまうことには頓着なしに
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