「おわかりになりませんか」
「そうさ、聞いたこともあるようだが、なんだか遠い昔のような気がする」
「生れないさきのような心持は致しませんか」
「左様、そんな気もしないではないが……」
「おたがい同士、まだ生れないさきのお友達であったのではないでしょうか」
「そうして、お前さんはいったい、こんなところへ何しに来たのだね」
 竜之助が尋ねると、弁信と呼ばれた小法師は、
「はい、血の池を見にまいりましたが、血の池はいったい、どちらにございます」
「血の池――血の池というのはついそこの、それがそうだ」
 竜之助が崖下のところを見せると、伸び上った弁信が、
「あ、あれでございますか、なるほど、まあ、何という鮮やかな色でしょう」
 竜之助が最初見た時と、今とはまた違いました。赤い色としては違わないけれども、以前は猩血のようなのが、今は緋縮緬《ひぢりめん》のように、臙脂《えんじ》のように、目のさめるほどあざやかな色をしていました。
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
 またしても、いやらしい波の音(?)が起ってまいりました。
 弁信法師は、またたきもせず血の池を見入っていたが、竜之助
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