来るお前さんの姿を見つづけていましたよ」
「なかなか危ない道でございましたが、それでも御方便に、無事にこれへたどりついてまいりました」
「まあ、お休みなさい」
 竜之助も、自分の身に引比べてそれを労《いたわ》らずにはおられません。
「はい、有難うございます」
 二人は、ここで岩をはさんで相対座しましたが、小坊主がまず小首をかたげて、
「あなた様は、どちらからおいでになりましたか、どうも、あなた様を、わたくしはどちらかでお見受け申したことがあるように思われてなりません」
「そう言えば、わしもな、お前さんの声をどこかで聞いたようだ」
 二人はこう言って、また面《かお》を見合わせました。小坊主の眼もぱっちりと開いているし、竜之助の切れの長い眼も、よく冴《さ》えて見える。そのくせ、二人はどうも思いうちにあって、外に思い出せないらしい。
「たしかに、どこかでお目にかかりましたに相違ございません」
「わしもそう思うのだ」
「或いは前世でございましたかしら」
「そうさなあ……」
 竜之助は少しく勘考しました。
「わかりません」
「わからないな」
「わたしは、清澄山の弁信でございますが……」
「弁信?
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