、いよいよ近く耳朶《じだ》について来る、心地のよいこと。
やがて、はっきりとその姿も見られるようになる。あの高いところからでは、いかに下りでも優に一里程と見ていたのに、急ぐとはなしに、もう眼前近くその姿が見られるところまで来ていた。
骨灰の中に、ズブズブと踝《くるぶし》まで隠してやって来る小坊主の腰で、その鈴が鳴りつづけているのです。手にはやっぱり金剛杖をついていて、背中から頭高《かしらだか》に背負いなしたものの、最初はそれを琵琶かと思いましたが、琵琶ではなくて、小法師の身にふさわしからぬ大きさを持った銀の一つの壺であります。
竜之助と、つい雪渓一つを隔てた直前まで下り立った小坊主は、
「こんにちは……」
と言って、向うから先に言葉をかけたものですから、
「はーい」
小法師は、谷間をまっしぐらにかけ下りて来ましたが、それを上から見ると、背中に背負った、身に応じない銀の壺に押しつぶされてでもいるようでしたが、忽《たちま》ちかけ上って竜之助の眼前に立ち上りました。
「ここに、どなたかおいでなさると思って来てみましたら、案の定……」
「わしの方でも、あの高いところから蟻のように下りて
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