なんにしてもこの鈴の音はいいな、何といういい音をさせる奴だろう。
咽喉の渇きを癒《いや》すことの代りに、耳の響によってうるおされた竜之助。その音に吸い入れられると共に、その物の影から目をはなすことではありません。
あ、坊主だ!
全く、命知らずの冒険とより見るほかはありません。あの清らかな鈴の音をさせつつ、あの懸崖絶壁を、ひとり、すがりつまろびつ下りて来る。その人は法師の姿であること紛れもなく、しかも、その法師の姿も人並よりはどう見てもずっと小ぶりな、痛々しい姿のものが、前に案内の者もなく、後ろに護衛のとももなく、一歩をあやまらば、この眼前にある骨灰の中へ、更に微塵《みじん》を加えて落ち込むことがわかっているところへ、徐々として下りて来ることが明らかになりました。
竜之助は、自分の咽喉の焼けるのを忘れて、その小法師の大胆と、無智と、それより来《きた》る危険のほどを思わずにはおられません。
五十九
断崖絶壁から下りて来るところの小坊主の姿は、蟻のように、雪渓まで伝わって来たが、それから勾配の道をたどたどとこちらへ向いて来るのがよくわかります。清冷なる鈴の音は
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