度毎に血の池の水の色が、猩紅《しょうこう》になったり、緋色《ひいろ》になったりするだけの変化はある。
 水を求めあぐねて、ついに張り裂けるばかりの咽喉《のど》を抑えて、もしやと掌を池の中へ入れてみたが、ベトベトとして餅のようにからまる水は見るからに唐紅《からくれない》、口へ持って行けば火になりそうだ。
 湖畔をめぐりめぐってついに一つの谷へ来ると、ついに堪え得ず、どっかとその岸に倒れてしまいました。倒れたけれども気性だけはしっかりしたもので、行手の谷をじっと睨《にら》みつけていると、真白いと見た谷は、いっぱいに骨で埋まっていることを知りました。
 それも、髑髏《どくろ》の形を備えた骨ででもあってくれれば、まだ多少の人間味もあろうものを、焼けつぶされて粉末に砕かれた骨ばかりをもって、岸の上から反《そ》り下ろされた満眼の谷が、すべて埋めつぶされていると見なければならない。
 ああ、こんな骨灰《こつばい》の中を、千尺掘ったからとても、清水の一滴も湧いて出ようはずはない!
 絶望|困憊《こんぱい》の極みのところに、いずれよりともなく清冷たる鈴の音が聞えました。
 これはまさしく、聴覚上の清水で
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