よると、男は水に溺れた場合には腹を下にして漂うが、女というものは、それの反対の方を上にして流れるものだという、まだ自分は、それを実際に見たことはなかったが、この池に漂うすべての女は、腹と面《かお》とを見せたものは一つもなく、みんな下へ向いている。
その疑念も久しいことではなく、ややあって、浮んでいたのも漂うていたのも、一様に水底に沈んでしまいました。
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
という波の音(?)のみは消えては起り、起っては消えているが、それとても以前のように耳に襲い入るのではない。
なんにしてもそれは徒《いたず》らに気を悪くする見世物に過ぎない、現実として裂けるほど渇いているこの咽喉を、この血の池がどうともしてくれるのではない、右を見ても、左を見ても、小川の流れらしいものも、清浄な水たまりらしいものも見えはしない、いまさし当っての仕事は、血の池地獄にからかっていることではなく、この湖畔のすべてを巡り尽してなりとも、一滴の清水を求めなければならないことだ。
そうして、竜之助は、かなりいらいらした気持で湖畔の山脚をたどりたどり歩いて行きましたが、別段巌石の足を噛
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