》に跪《ひざまず》いて見ると、その湖水の色がみんな血でありました。
「あ、これでは飲めない」
 竜之助は、差入れようとした掌を控えました。こうして改めて見渡す限りの漫々たる湖が血であることをしかと認め、そうして、これぞ世にいう血の池なるものであろうと気がつきました。
 よく地獄の底に血の池というのがあるということを聞かされていた、こいつだな。
 漫々たる血の池は、静かなものです。小皺《こじわ》ほどの波も立たず、打見たところでは真黒ですが、掌を入れてみると血だということがわかる、その血がベトベトとして生温かいものであることを感得する。
 この深紅色の面《おもて》を見渡していると、その湖一面に、ふわりと白いものが浮き出して来た。それは海月《くらげ》のような形をしているが、あんな透明なつめたいものでなく、搗《つ》きたてのお供餅のような濃厚なのが二つずつ重なったままで、ふわりふわりと次から次へ幾つともなく漂い来《きた》ります。
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
 山の峡《かい》や、湖面に打浸《うちひた》された山脚の山から、海嘯《つなみ》のように音が起って来ました。この音につれて、
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