ってこの女は、これから行く先の日取りまで数えている。
 明日は上有知《かみうち》泊り、それから長良川《ながらがわ》を河渡《こうど》まで舟で下って赤坂泊りは苦《く》にならぬ。
 その翌日は赤坂を立って、関ヶ原あたりでお中食の後、ゆっくりと近江路へ入って越川《こしかわ》泊り、翌日、越川を立って守山《もりやま》でおひる、湖へかかって矢橋から大津まで渡《わたし》、その日のうちに京へ着くのは楽なもの。
 つまり、これから四日|乃至《ないし》五日目には京の土地が踏める、もし、さのみ京へ急ぐことがないならば、途中、近江八景をゆるゆる日程のうちへ入れるのも悪くはありません。
 そうでした、京都のこのごろは、物騒千万で怖ろしいということを聞いている。逢坂山のこちら、滋賀の海、大津の都、三井の鐘、石山の月……竹生島《ちくぶじま》の弁天様へ舟で参詣もよろしうございます。
 それとも、真直ぐに近江路へ行かずに、変った道草が食ってみたいなら、これから木曾川を船で下って、犬山上りの名古屋見物も異なものではありませんか。
 酒がさせる業か、今の身で行先の旅の楽しさに喋々《ちょうちょう》と浮れ出す女の話を聞いていると
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