表情の動かない面《かお》をまじまじと見つめ、何となしいい心持になってゆくと見えて、
「黒川屋のおかみさんという人、ほんとうに感心な人じゃありませんか、頼もしい人ね。幼な馴染《なじみ》は親兄弟よりも頼み甲斐のあるということを、わたしは今日、しみじみさとりました。それはわたしとしても日頃少しは尽してあげたこともありますが、こうなってみると、親兄弟よりも他人の方が本当の力になります。ごらん下さい――こんなにお金を、小出しの当座のお小遣《こづかい》まで心にかけて下さったのは、苦労人でなければできません。こんなことと知ったらあの時、わたしの手文庫にあった分だけでも掻き集めて持ち出せばと思われないでもありませんが、それは慾の上の慾というものです、あのおかみさんが貸してくれたこれだけのお金があれば、これからの旅はもう大丈夫ですから御安心ください。二十日あまりに四十両という浄るりがございました、その勘定で行きますと、どんなにしてもこれだけあれば、二人で一月の路用は充分でございます。どうなるものですか、これで京から大阪の方へ、奈良のはたご、三輪の茶屋も悪くありません、遊べるだけ遊んで参りましょう」
と言
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