か、そのことはよくわからない、よく女に惚《ほ》れられた男であるか、嫌われた男であるか、そのこともよくわからないのです。だが、今日まで女のためにずいぶん苦労をさせられて来た男であること、また女に向ってずいぶん苦労をさせ通して来た男であることも間違いはありません。そうして今では、人を殺して血を見ずに終るか、そうでなければ女を与えて助けてやらなければ生きていられないようになっていることも、万人の知るところだろうと思います。
ただ、当人は盲目的ではない、盲目そのものに生きているのだから是非もないとしても、その刃先に立てられた人命と、その相手に選ばれた女というものこそ不幸の至りというべきに、事実は、その不幸なる犠牲がいつになっても尽きるということなく、時としては喜んでその犠牲にかかりたがるのではないかとさえ疑われる。
その夕べ、風呂から上って、だだっ広い本陣の一間に、この時の男女は不思議な形をしておのおの割拠してしまいました。
竜之助は丹前を羽織って床柱に背をもたせ、例によって例の如くでしたが、お蘭がわりあいに悪怯《わるび》れてはいないのです。
黒川屋のおかみさんが投げ込んでくれた一重ね
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