犯人は、このごろお代官の寵《ちょう》を専らにしている愛妾のお蘭の方が情人を手引して殺させ、一緒に北国の方へ逃げてしまったのだ!
 それを聞いて、さしもの気丈なおかみさんが、座に堪えないほどになっていると、つづいてまたそれを打消す有力なる一説が伝えられて来ました。
 それによると、お代官の殺されたことは本当である、お陣屋ではあらゆる手段を尽して、討たれたのはお代官ではないということを言うているけれども、事実上、その首が曝されているのを見た者が一人や二人ではないのだから、人の口は塞げても、その心持はどうすることもできない。
 もうお代官の殺されないということ、あれは別人だというような揉消し宣伝は誰も一人も信ずる者はないけれども、その何者によって殺されたということだけは、今までかいくれわからず、徒《いたず》らに臆測と流言蜚語《りゅうげんひご》が伝わって、あれだ、これだと影のみ徒らに大きくなったが、今朝に至ってそれが全くわかりました。お代官殺しの下手人がすっかりわかって、それが捕まりましたからまず一安心です。
 それを聞いておかみさんが、どうしても帳場から乗出さないわけにはゆきませんでした。

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