えば、いや盗賊ではない、浪人者がお代官屋敷へ乱入して、お代官を斬ったとか、傷つけたとかいうことを伝えて来るものもある。
 皆それぞれ風聞を聞き伝えて来たのだが、僅か六七里の間に、いろいろ想像や捏造《ねつぞう》が加わっているらしいのを、いずれも見て来たように伝えるものだから、おかみさんも迷わざるを得ません。
 その本当の要領こそ掴《つか》めなかったが、事件の中心が代官お陣屋にあることだけは疑いがない。疑いがないどころではない、現に自分はその本元から逃げて来た人を保護してやっていた――おかみさんは、いっそ人を高山までやって実地を調べさせようと思ったが、そうまでするのも、なんだか不安を見せるようで心もとないと考えているうちに、また容易ならぬ二つの風聞を店頭へ持ち込むものがありました。
 その一つは、高い声では言われないが、実は高山のお代官は殺されて、しかもその首を中橋の真中まで持って来て曝《さら》されたことは、見たものが多いから隠そうとするほど隠れないことになっている――そうして、お代官を殺したのは農兵の暴動でもなければ、浪人者の乱入でもない、実に予想外の人に疑いがかかればかかるもので、その
前へ 次へ
全433ページ中365ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング