らのお達しでしたから、さてはとおかみさんの胸を打ちました。
 その翌朝になると、未明から集まる者がこの噂《うわさ》でもちきりです。
 それを帳場に坐ったおかみさんが、いちいち聞漏さじと注意していると、要するにこんなことです――
 高山の御城下では、いま農兵が謀叛《むほん》を起して、代官所を襲わんとしたと言い、もう焼打ちをかけたとも言い、お代官が殺されようとしたとも言い、すでに殺されて首になってしまったとも言うのです。
 それでは、そのほとばしりで、お蘭さんが逃げ出したのだ。なんでも高山では、新お代官の圧制から暴動が起りそうだ起りそうだということは、かねて聞いていたが、ではいよいよそれが起ってしまいましたかね。
 愚図愚図していればお蘭さんも目のかたきにされて、殺されてしまっていたに相違ないが、あの人のことだから、素早く抜け出して来たのはまあよかった。
 おかみさんはこうも胸を撫でおろしてみたが、そのうちにも、店へ入代り立代る人の噂がみんな別々です。
 農兵の暴動ではない、盗賊がお代官屋敷へ忍び込んで、お代官の大事なものを盗んで逃げてしまって、まだつかまらないのだ、と言うものがあるかと思
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