て、あの人が、ああ折入って頼んだのは、よくよくのことに相違ないが、自分として、ああまで言われてみれば、全く退引《のっぴき》はできないではないか。
それは、こうした商売上、お蘭さんの手を通じて、お代官所でもずいぶん好意ある取扱いを受けていたのである。どうしても取引上の必要、官の要路者の意を得ておかなければならないものがあるので、なにも特別に悪く取入るという次第ではないが、商売上ぜひもないことで、旧友のお蘭さんと腐れ合っているわけでもなんでもないが、昔馴染《むかしなじみ》の友誼上、おたがいに相当の便宜もはかり、利用もしあっている。
もとよりここのおかみさんは、お蘭の身の上風聞についてずいぶん耳に入れていることはあるが、それはなにも自分がかかわったことではなし、このおかみさんは決してお蘭のような聞苦しい評判を立てられる人ではないが、やっぱり生立ちからの友達は友達――そんな評判には触れずに、いつもよくつき合っていたので、そこには人柄は別でも、どこか気の合ったところがあると見なければならぬ。それが、今、ああして頼まれてみれば、突き放すわけにはゆかないのは分りきっている。
それにしても内容の
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