ことはそれから先のことでございますが、今はこの通り寝まきのままで、走らなければなりません」
「何ということでしょう、それにはよくよくの事情がございましょうけれど、全く、それを伺っている場合ではございますまい、万事あなたのお頼みのようにするがこの場の親切と存じますから、御安心下さい」
気丈なおかみさんは、それだけで納得して、また忙がわしく本宅へ引込んでしまいました。
そうすると間もなく、六人の屈強な山方を庭に連れて来て、
「お急ぎなのに、ちと御用向の筋が筋だからよく心得てね――もし、何か面倒なことを言いかける者があったら、黒川屋の扱いで高山御坊だと言いきってしまって、さっさとお通りなさい。ああそうそう、あの桐油《とうゆ》をかけておいで、きっと雨が降るよ、お前たちも、うちの印のついた合羽《かっぱ》を着て行くといい」
こう言っておかみさんが若い衆――とは言うけれど、老巧のものが多いようです、二人の肩代りを添えて六人までつけてくれた上に、途中万一の嫌疑を、高山御坊の威勢と、中継問屋の幅でくらませようとの心遣《こころづか》いまでがはっきりと読める。
駕籠の隙間《すきま》から、お蘭は手を合
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