いいえ、そうしてはいられないのでございます、全く委細を申し上げている暇はございませんのですから、只今のお願いだけを直ぐにお聞届け下さいまし」
「ではまあ、そのまま、お待ち下さいませ」
おかみさんは、人を憚《はばか》りながら引返しましたが、やがて手ずから一包みの衣類と、一封の金と、小出しの巾着《きんちゃく》とをまとめて、忙がわしく持って出て駕籠の中へ差入れました。
それをおしいただいたお蘭は、
「まあ、ほんとうに有難うございます。それからおかみさん、なお済みませんが、久々野のこの駕籠を担いで来た若い衆たちに固く口止めをして帰してやっていただきたいのと、お家の信用のおける若い衆を肩代りに、これから先美濃の金山まで、お頼み申したいのですが、後生ついでにこれもお頼み申します」
「まあ、お蘭様、何も聞くなとおっしゃるあなたのお頼みを、押返すような野暮《やぼ》はいたしませんが、それでも一言お話し下さいまし、あんまり気がかりでございます」
「実は、おかみさん、わたしはついつい怖ろしい人殺しの巻添えになってしまいまして、どうしてもこの国にはおられませんのです、一刻も早く他国領へ出て、それからさきの
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