た」
難なく二個の駕籠は、ここで宿次《しゅくつぎ》の形になって、まだ明けやらぬ森林の闇に向って飛ばせるのです。
五十五
小坂の町に黒川屋という大きな中継問屋《なかつぎどんや》がありました。
これは大きくいえば飛騨一国の物産を他国に出し、また他国の物資を飛騨に入れる会所であって、矢田権四郎がこれを司《つかさど》っている。
従ってそれに相応する店の構えと、百数十の人馬が絶えず出入りして、店頭はいつも賑《にぎ》わっている。主人に代って若いおかみさんが帳場に坐って、帳面をひろげ、筆をとっている。この若いおかみさんは、主人不在の時は主人に代って帳場を司っている。
そのおかみさんが今、店頭の賑わいを前にして帳合《ちょうあい》をしている横の方から、若い女中が一人出て来て、おかみさんに向って私語《ささや》きましたから、おかみさんが、
「なに、ちょっと内証《ないしょ》で、わたしに会いたい人が中庭に来ていますって……」
筆を休めて女中の方へ向きました。
そこで女中が、また小さな声で、おかみさんの耳元へ私語きましたけれど、これは店頭の物音に紛れてよく聞えません。
が、お
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