、目が廻るようになって、自分は男の傍によると、それにしがみついていました。
「お待ちなさい、人声がする」
その声をまずききとがめたのはお蘭でなく、竜之助でありました。
「どちらから聞えます」
二人は、じっと静かに耳をすましていたが、お蘭が、
「向うからです、久々野の方からでございます、あれ、提灯の光も見えだしました」
「では、いま、立ち塞がった二人の者が、人夫をつれて来たのだろう」
「そうだとしますと……」
万一、それが逆に出て、高山方面からの追手では助からないが、前途のことだけにいささか心丈夫なものがある。
「あの二人の者が、約束通り人を頼んでよこしたものだろう、だとすれば……駕籠を抜け出して隠れるより、従前の通り駕籠にいて、為すがままに任せていた方がよい」
「それもそうでございますね」
「それに越したことはない」
「逃げて逃げそこねるよりは、まさかの時まで知らぬ面をしていましょうか」
「それが上分別」
「では、あなた様も」
「お前も平気の面をして元通り駕籠に納まっておいでなさい、ただし、姿は決して見せないように」
「はい」
二人はここで左右に別れました。竜之助も、お蘭も、最
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