的中したことに仰天したようなわけでもなく、その男が冷々淡々として自分の駕籠にのしかかって、中にいた、まだ見ず知らずであるべきはずの自分というものに向って話しかけている形勢が、ちょうど十年も馴染《なじみ》の女郎の膝にもたれながら、熟しきった痴話に燃えさしの炎の花を咲かせているようなふうで、ちっとも動揺したところはなく、まして今の先、飛騨の郡代の首を水を掻《か》くように打ち落して、それを塵芥《ごみ》を捨てるように、わざわざ中橋の真中へ持って行って置いて来たほどの当人と思うわけにはゆかなかったからです。
のみならず、自分がようやく駕籠を抜け出して来てみても、その冷々たる面《かお》はいよいよ冷々たるもので、特に自分が抜け出して来たものだから、眼を据えて見ようとも、見直そうとも心構えを直したのではない、ほんとうに、よらずさわらずの人をあしらうと同じ呼吸でいるようで、その頭巾にこぼれた半ば以上の面を見ると、白いこと、蒼《あお》いこと――そうしてその眼は沈みきって、あらぬ方を向いている、決して自分一人に眼をくれているのではないということです。
お蘭は何とも言えず、寄るともなく、引かれるのでもなく
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