国の小石の下にも、草の根本にも、身を置くところはございません」
「困ったな!」
「全く、あなた様は悪いことをなさり過ぎました」
「といって、ここで捕まるのを、わざわざ待っているのも愚だ――ともかくもお前は土地の案内知り、隠れてみようではないか」
「それより仕方はございませぬ、この近いところにいくらもわたしの知った人はございますけれども、頼めばかえっておたがいの迷惑――ただ小坂《おさか》というところに一人頼み甲斐のありそうな人がありますから、それを頼って行きたいものですが――それまでの間……」
 お蘭はようよう駕籠《かご》を這《は》い出して来ました。そうして、自分のしどけない姿を顧みる暇もなく、今まで声のみに応対していた相手の人の姿を、のしかかっている駕籠の上で認めました。
 それを認めたのは、つまり、完全に保留されていた駕籠提灯の蝋燭《ろうそく》の余光で、闇のうちにうっすりと描き出されていたその輪郭に接すると、何とはなしに身の毛がよだつ思いがしました。
 というのは、別段に異形異装の目を驚かすものがあったというわけではなく、貪淫惨忍なる形相《ぎょうそう》を予想したのが、目《ま》のあたり
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