どかしの旅の者、どちらにしても人目にかかってはよくないな、わしのためにも、お前のためにもよくあるまい」
「ああ、その通りでございます、もうこうなりましては、夜の明けない先に、行けても、行けなくても、せめて国境を越してしまわなければなりませんでした」
「国境までは何里あります」
「それは大変でございます、ここは久々野の村外れとしましても、美濃の国境の金山《かなやま》までまだ二十里もございます」
「二十里?」
「はい――横道を信州へ出る道もございますが、これも山の間を十里からございます、道のりは十里でも、道の悪さは一層でございますから、その道はとても通ることはできません」
「そのほかには……」
「そのほかには、もう一ぺん高山へ引返して、北国へ走るよりほかはございません、それは全くできないことでございます」
「では、結局、近いところへ隠れるよりほかはないのだ」
「それよりほかはございません。が、隠れるにしても、あなた様があれほどな大罪を犯しなさらなければ、わたしの身体が欲しいと思召《おぼしめ》すならば、わたしの身体だけを奪ってお持ちになればいいのに、飛騨の国のお代官を殺してしまっては、飛騨一
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