なっては屋敷中の疑いは、わしの身よりもお前の身に集まっているに相違ない」
「え、え、どうして左様なことがございますものか、罪人はあなたでございます、わたしは何も存じませぬ」
「いやいや、わしの何者であるかは、誰ひとりとして屋敷の中で知っているものはあるまいが、代官が討たれて、お前だけがいない――わしは逃れられない限りもないが、お前の疑いだけは解けない。よし疑いは解けても、お前を嫉《ねた》む者のたくさんある中から、かばう者は一人もあるまい。何はともあれ、罪の中のいちばん重いのにかけられるにきまっている、まあ軽くって磔刑《はりつけ》かな」
「いやでございます」
「それから、お前の兄の嘉助というのもあぶない」
「まあ、どうして嘉助のことを御存じですか」
「お前の親類中がみんなあぶない、お前が生きていなければよろしい、あの代官と枕を並べて討たれていたならば、まだし、親類中は助かったかも知れない」
「わからなくなりました、あなた様は、何かお怨《うら》みがあって殿様を殺害においでになったのですか、ただお妹さんを取返しにおいでになったのですか、それともわたしというものを、かどわかすために屋敷へおいで
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