えしなければ、またどうにか道はございましたろうに、ああまでなされてしまった上は、もうほかにのがれる道はありませぬ」
「あれは、よんどころない」
「でも、あんまりむごたらしい。この上わたしをお連れになって、どうなさるおつもりでございますか」
「どうしようも、こうしようもない、妹が取戻せないその埋合せに与えられた、お前という相手次第のものだ」
「では、わたしというものを人質として、お妹様とお引換えなさる御了見でございましたか」
「いや、そういう商売気もなかったのだ。あったとしてみたところで、これは人違いだ、引換えてもらいたいと言っていまさら代官所へもお願いにも出られまいから」
「あなた様は、やけ[#「やけ」に傍点]をおっしゃいます、ほかの意趣や遺恨《いこん》とちがいまして、相手はかりそめにも土地のお代官でございます、ここまで来られたのが不思議なくらいでございますが、どう間違っても国境《くにざかい》へ出るまでには、きっと捕まってしまいます」
「だが、その時はお前も逃げられまい」
「わたしは、わたしは代官の身内の者でございます」
「ははあ、その身内というのも、代官が生きておればこそだろう、今と
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