時、これにて御辛抱あれ、あちらの村里より迎えの者を遣わし申す」
と言うかと思えば、二人の豪の者は、さっさと行手の闇に進んで行ってしまった気色《けしき》であります。
 社頭の森の深い木立の前に置きっぱなされた二つの駕籠、その迷惑は全く思いやられるばかりだが、これでも案外なことの一つに、立ち塞がったいたずら者が、少しも危険性を帯びていなかったということだけが不幸中の幸いでしょう。
 駕籠はやや暫くというもの、ぽつねんと置き据えられたままでありました。

         五十四

 暫くすると、いつのまに出たか竜之助の姿は、前のお蘭の駕籠の上にのしかかって、頬杖をついているのであります。
 それは、駕籠屋には置捨てられたけれども、駕籠そのものはどちらも異状がないのみならず、駕籠の棒鼻に吊《つる》された提灯《ちょうちん》までが安全無事で、駕籠中の蝋燭の光も安全に保存していたところから、竜之助の輪郭をうっすらと闇の中へ描き出しているのでよくわかります。
 お蘭の駕籠の上へ、重く、静かにのしかかった竜之助は言いました、
「お蘭さん、お蘭さん」
 下なる駕籠の中で女の返事がしました、
「はい……」
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