たのは、かえって陳謝の意味に響くのですから、中の乗客もさだめて相当に安心したことでしょう。
 丸山勇仙が続いて、それにつぎ足して言いました、
「ただいま同行の申す通り、我々は決してうろんの者ではない、かえっておのおの方の乗物が時ならぬ時に急ぎようが尋常でないためにお呼留めを申してみたまでのことじゃ……駕籠屋め、尋常に申開きをすればなんでもないことを、泡を食って逃げ出したのが笑止千万……しかし、おのおの方の御迷惑はお察し申す、いずれへお越しのつもりでござったかな」
とたずねた時に、後ろなる駕籠の中から、
「下呂《げろ》の湯島《ゆのしま》まで急がせるつもりでした、病人がありましてな」
 答えたのは落着いた男の声です。
「は、はあ、下呂温泉まで、御病者を連れてのお早立ちかな、なるほど……それははや、駕籠屋に逃げられては、いや、どうも我々共の粗忽《そこつ》から飛んだ御迷惑をかけ申した。が、さりとて、我々が駕籠屋に代って御身方の乗物を担いで行くというわけには参らぬ。是非に及ばぬ、我々は一足先に行手の村里へ参り、しかるべき人夫を頼んでこれへ遣《つか》わし申そう。いやはや、飛んだ御迷惑お察し申す、暫
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