のと見え、四人とも一度に杉の木立の崖の下へ転び落ち、落ち重なり走るものと、また急速度で落ち込むものとがあるようでしたが、暫くして烈しい砂|辷《すべ》りがあって、水に落ちた物音が聞えました。
「あ、は、は、は、は」
 仏頂寺弥助の高笑いしたのが、こだまに響くと、
「虫めら――」
 丸山勇仙があざ笑う声もよく聞えます。
 さてこれから、乗り主の吟味にかかるのだ。仏頂寺、丸山が窮しての末、夜盗追剥の類にまで堕落したとすれば、当然、次の段取りは、駕籠の中に向って、強面《こわもて》の合力を申し入れるか、或いは身ぐるみ脱いで置いて行けとかの型になるのだが、その事はなく、高笑いした仏頂寺は存外なごやかな声で、
「これは失礼いたしました、拙者共はなにも、人を嚇《おど》し、物を掠《かす》めようとして駕籠先をおかしたのではござらぬ、時ならぬ時に、急ぎようが尋常でないから、仔細ぞあらんとお呼びとめ申してみたまでの分じゃ、それを駕籠屋ども、無茶に驚きよって雲助霞助《くもすけかすみすけ》と逃げかかったは笑止千万、乗主殿にはさだめて御迷惑でござろうが、悪意はござらぬ、ふしょうさっしゃい」
 駕籠の中へこう申し入れ
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