て、その駕籠!」
 木立の前から鋭い声がかかったので、駕籠屋どももそれには胆《きも》を奪われないわけにはゆきません。
「待て!」
 ひた走りの八本の足が、ぴったりと急ブレーキで止まりました。
 闇の中、行手に立ち塞がったのは、一人は雲つくばかりの大男で、一人は中背の一書生でした。
「まだこの通り夜も暗いのに、どこへ急ぐのだ」
「はい、はい……」
 駕籠屋は早くも歯の根が合わないようです。
「怪しい乗物と認めたぞ」
「いいえ、どういたしまして」
「行先はドコだ」
「出発点はいずれだ」
 前に立ち塞がってこもごも詰問する二人の高圧には、駕籠屋《かごや》は、もう駕籠を地べたへ伏せて、すくん[#「すくん」に傍点]で尻ごみの体《てい》です。
 これは尋常出来星の追剥の類《たぐい》ではない、前の逞《たくま》しいのは、すごい両刀をたばさんでいる、それに附添うたのもかいがいしい旅姿で、それだけでも雲助四人の手には合わないことはわかっている。
「だ、だ、だ、代官屋敷から参りました」
「ナニ、代官屋敷から来た! 高山の郡代から来たのか……」
「はい、はい……」
「して、どこへ行くのだ」
「そ、そ、それは、
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