実地調査のために北へ一向きに――弁信はとりあえず飛騨の平湯を指して、西へ向ってひとり行かねばなりません。
 二人が出立したけれど、山の鳴動と、雲煙と、降灰とのほとんど咫尺《しせき》を弁ぜぬ色は変りません。神主はああ言ってわが物顔に天変地異の安全を保証顔に説き立てるけれども、要するに人間の智力ではないか――白骨谷に残る一団は、二人が去ってみると、また不安の念の襲い来るのを如何《いかん》ともすることができません。まして気休めにしろ、こういう保証も、安心も、与える者のない平湯の温泉場の人心の動揺といっては思いやられるばかりであります。

         五十三

 これより先、代官屋敷からの二梃の駕籠《かご》は、郡上街道《ぐじょうかいどう》を南にと言われたはずなのに、益田街道を一散に走りました。
 彼等はもう、走りさえすればよいと考えているのでしょう。行先地の目的なんぞは、走り疲れた上で尋ぬべきことだとでも思っているのでしょう。
 無性に飛んで、久々野《くぐの》に近いところでしょう、左に社があって、右は崖路になっていて、その周囲いっぱいに森々たる杉の木立をつき抜けて走りました。
「おい、待
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