ざいませぬ。なあに、あなた、険山難路を軽んずるわけではござりませぬが、白骨から平湯の間は三里の路と承りました、それに三日前に人間の通った道でござりますれば、わたくしにそのあとが追えないというはずはござりますまい。食事の方もお気づかい下さいますな、これが先日いただきました蕎麦粉《そばこ》でございますが、お腹のすいた時分にこれを水で掻《か》いていただきますと、まだ私の食と致しましては五日ぶんはたっぷりあるのでございますから、それを身につけてまいる上は仔細ござりませぬ。では皆様、御機嫌よろしく。はからぬ御縁で、この白骨の谷に、皆様のあらゆる御好意の下に弁信は、三日を心ゆくばかり休ませていただきました。いずれに致せ、電光朝露の人の身、今日別れて明日のことは、はかりがたなき世の中でござりまするが、御再会の期がないとは申されませぬ、では、どうぞ御機嫌よろしく……」
 これだけの減らず口を叩いて、呆れが礼に来る一座を後にして、弁信は鐙小屋の神主と相伴うてこの白骨の宿を出てしまいました。
 宿を出る時こそ一緒ではあったが、やがて当然、二人の目的地は違います。すなわち鐙小屋の神主は硫黄岳、焼ヶ岳の鳴動の
前へ 次へ
全433ページ中341ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング