ん、この道はあたりまえの道とはちがって、日本第一の山奥なんですぜ、それこそ鳥も通わぬといっていい山道なんですぜ、北原君なんぞも、黒部平の品右衛門さんという、山道きっての案内の神様のような人に導かれて行ってさえ、崖から辷《すべ》り落ちて大怪我をしたんですぜ、それにお前さんがこの際、あの通り山鳴りがし、この通り地鳴りがして灰が降っている中を、一人で出かけるなんて、そりゃ大胆でもなんでもありゃしませんよ、無茶というものですよ、馬鹿というものですよ、悪いことは言わないからおやめなさい」
 しかし、草鞋を結ぶことをやめない弁信法師は、法然頭を左右に振り立て振り立てて言いました、
「御親切は有難うございますが、御心配は致し下さいますな。山鳴りのことは神主様が保証して下さいました、山ヌケでございますから、地の裂けて人を陥す憂いは無いそうでございます。でございますから、皆様も御安心なさいませ、わたくしも安心をいたしました。安心を致してみますと、いつまでわたくしもこうして皆様の御厄介になってばかりもおられる身ではございませぬ、とうに出立を致さねばならないのが、今日まで延び延びになりましたのは申しわけがご
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