はないが、同時に発足の用意をはじめましたから、一座があわててその発足の理由をたしかめると、鐙小屋の神主さんは、これから焼ヶ岳の噴火の現場へ登れるだけ登って見届けて来るとのこと、弁信法師はといえば、これから安房峠《あぼうとうげ》を越えて、飛騨の平湯の温泉へ参りますとのこと。
 これには良斎はじめ一座が、眼前へ焼ヶ岳の爆破の一片が裂けて飛んででも来たほどに驚きました。驚いたうちにも、神主様の方はまあ修行が積んでいることでもあるし、この辺の主のようなものだからいいとして、弁信の奴がこの鳴動の真只中を出立するとは、いくら盲《めく》ら滅法といっても度が過ぎると感じないわけにはゆきません。ことにあれほど疲労して、三日間も動けなかったものが、起きると、いつのまにか、たぶん口から先に湯の中にもぐり込み、湯の中では、のべつにお喋りをし、湯を出ると早や草鞋《わらじ》をはいて、この鳴動の中をただ一人で出立しようというのだから、呆《あき》れがお礼に来たと思うよりほかはありません。
 そこで、一座が口を揃えて、
「弁信さん、なんぼなんでもお前さんだけは、やめたらどうです、神主様は覚えがあるのだからいいが、お前さ
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