ればこその闇で、闇がなければ光もないのじゃ。それを、もう一枚つきつめてしまうと、すべてがお光ばかりで、闇なんというものは無いのじゃ」
 池田良斎は、なんだか頭がくらくらして、議論も、反駁も、ちょっと手のつけられない心持になり、ともかくこの問題は、もう一ぺんも二へんもよく考え直した上で、改めて提出を試みねばならぬという気になりました。
 浴槽の中で三人がこうして論議に我を忘れ、環境を忘れている間、炉辺を守るところの他のすべての連中は、相変らず山の鳴動に胆を冷し、濛々《もうもう》たる灰煙の降りそそぐのに窒息を感じていたが、三人の湯がばかに長いのを思い出して、心配のあまり、様子をうかがいに来て見るとこの有様で、いつ果つべしとも思われぬ長広舌が展開されていることに、呆《あき》れ返らざるを得ませんでした。

         五十二

 それらのことよりも、もう一倍これらの人々を驚き呆れしめたところの出来事は、この三人のうちの二人が、お湯から上ると早々、足ごしらえをはじめ出したことです。
 三人のうちの二人というのは、弁信と鐙小屋《あぶみごや》の神主とのことで、この二人は別段、申し合わせたわけで
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