なり、所薫ともなるように説いてございます。また唯識論では、無明というものは能薫とはなるけれども、所薫とはならないとあるのに、起信論では、無明が能薫ともなれば、所薫ともなるように説いてあるそうでございまして、これが、権大乗《ごんだいじょう》と実大乗《じつだいじょう》との教えに区別のあるところだそうでございます……」
 そこへ池田良斎が一つ、くさびを入れました、
「大乗にも権と実とがあるのですか……」
「え、え、ございますとも。従って、小乗にもまた勝と劣とがございますのはやむを得ないとは申せ、同じ一つの仏教のうちに、大乗尊くして小乗のみ卑しとするは当りませぬ、大乗の中に小乗あり、小乗の戒行なくしては、大乗の欣求《ごんぐ》もあり得ないわけでございます、大乗は易《い》にして、小乗は難《なん》なりと偏執《へんしゅう》してはなりませぬ、難がなければ易はありませぬ、易に堕《だ》しては難が釈《と》けませぬ、光があればこその闇でございまして、闇がなければ光もございませぬ……」
「は、は、は、は」
 この時、朗かに鐙小屋の神主さんの笑いが響き渡りました。
「そうです、そうです、弁信様の言われる通り、光があ
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