ない、事実、その怖ろしいものが、眼前でなければ耳頭に聞えているに拘らず、弁信の述べたところは、全く客観の出来事を語るに斉《ひと》しいものですから、いくらか安心した池田良斎をして歯痒《はがゆ》い思いをさせずにはおかないと見えて、
「皆さんの前ですが、こうして神や仏が在《おわ》しますこの世界に、人間が左様に自然の惨虐に苦しめられなければならないのはどうしたものでしょうかね、罪も咎《とが》もない生霊《いきりょう》が何千何万というもの、あっ! という間もなく、地獄のるつぼに投げ込まれる理由が、我々共にはわかりません。悪い者が罪を蒙《こうむ》るのは仕方がないとしても、その何万何千と生きながら葬られるものの中には、全く罪を知らない良民や、行いのすぐれた善人や、罪も報いもない子供たちも多分にいたことでしょうに、神仏というものが在しましながら、それらをお救いなさらぬことの理由は、凡夫でなくても疑ってみたくなるではございませんか」
「人間界のもろもろの幸や、不幸や、天災地変といったものを、人間が人間だけの眼で、限りあるだけの狭い世界の間だけしか見ないで判断をするのが誤りの基でございます――人は一人として
前へ 次へ
全433ページ中324ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング