つのを忘れておりました」
「身体に障《さわ》りさえしなければ、いくら長くいてもかまいませんがね」
その時、三人が四角の湯槽の三方を占めて、おのおの割拠の形に離れて湯につかり、形だけはちょっと三すくみのようになって、暫く無言でしたが、余人はともあれ、このお喋《しゃべ》り坊主に長く沈黙が守っていられようはずがありません。
「わたくしが或る学者から承ったところによりますと、ヨーロッパにイタルという国がございまして、そのイタルという国にペスビューという山がございました。最初は誰も火を噴いたのを見たものがなかった山だそうでございましたが、今よりおよそ二千年の昔に当って、この山が突然火を噴き出したそうでございます。その時に、山の麓にありましたポンプという大きな町が、あっ! という間もなくそっくり埋ってしまったそうでございますが、さだめてそれほどの町でございますから、何万という人がすんでいたのでございましょうが、それが、やはり、あっ! という隙もなく一人も残らず熱い泥で埋ってしまったそうでございますが、火を噴く山の勢いというものは、聞いてさえ怖ろしいものでございます」
聞いてさえ怖ろしい――では
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