小法師はこの際どうしている、それは人から尋ねられることではない、こちらが気がついておらねばならぬ、呉越も助け合うべきこの危険の際の、同じ屋根の棟の下の一人ではないか、良斎はじめこの一座が、面を見合わせて言いました――
「ほんとに弁信君は、どうした」
「あの子は眠っています」
「眠っている!」
「ええ、今日で三日目です」
「三日目、その間、飲まず食わず?」
「三日の間は、いかなることがあっても起してくれるなと言いました」
「だって、この際――」
「忘れていました」
「起して来ましょうか」
「そうさ、いくら起すなと頼まれたからといって、この非常の際じゃないか」
 良斎はじめ一座が、自分たちながら忘れ方もここまで来ては、むしろ非人情に近いことを慚《は》じねばならない。それを鐙小屋《あぶみごや》の神主は、
「いやいや、あの子は大分疲れているから、当人がそういう望みでしたら、やっぱり寝られるだけ寝かして、起さない方がようございましょう」
「でも、あんまり長い」
「三日ぐらい寝通すことはなんでもありませんよ、わたしなんぞは、六日一日寝通したことでございましたっけ」
「眠り死ぬということはないですか
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