らえました。
 かくて、鐙小屋の神主は恭《うやうや》しく「山神祓《さんじんばらい》」をよみ上げる――
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「高天原《たかまのはら》に神留《かんづま》ります皇親《すめらがむつ》、神漏岐《かむろぎ》、神漏美《かむろみ》の命《みこと》をもちて、大山祇大神《おほやまつみのおほんかみ》をあふぎまつりて、青体《あをと》の和幣三本《にきてみもと》、白体《しろと》の和幣三本を一行《ひとつら》に置き立て、種々《くさぐさ》のそなへ物高成《ものたかな》して神祈《かむほぎ》に祈ぎ給へば、はや納受《きこしめ》して、禍事咎祟《あしきこととがたた》りはあらじものをと、祓ひ給ひ清め給ふ由を、八百万神《やほよろづのかみ》たち、もろともに聞し召せと申す――」
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 さすが信心ごころの程を疑われるイカモノ共も、この時ばかりは、神主の御祈祷に、満腔の感激と感涙とを浮べたものです。
 祓いが終ってから、一座を見廻して、神主が言いました、
「弁信さんはどうしましたか」
「あ!」
 この時に、はじめて一座が舌を捲きました。
 弁信! そうだ、忘れていた、あのこまっしゃくれたお喋《しゃべ》り
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