て見ると、外は色の変った雪です。払って冷たくない雪でした。つまり今、ほとんど寝まきの半裸体や、或いは一糸もかけぬ全裸体で飛び出した総ての人の上に、盛んに灰が降りかかっているくらいですから、暁の天地は泥のようでした。
つづいて第二、第三の大鳴動があって、地が震い、同時に頭上、山々の上の空に炎が高く天をこがしているのです。
歓楽の客は狼狽せざるを得ません、仰天せざるを得ません。
暫くは為さん術《すべ》を知らず、濛々《もうもう》と降りかかる灰を払うの手段もなく、呆然《ぼうぜん》と天を仰いで立ち尽したままです。
しかも、その音は轟々として山の鳴動は続き、時々、きめたように地がブルブルと震え、霏々《ひひ》として灰は降り、硫気はいよいよ漂い、空は赤く焦《こ》げてゆくのです。
飛騨の平湯の天地の昨日の歓楽は、今日の地獄となりつつ行きます。
但し被害の程度としては、まだ何もないのですけれども、人心の滅却は被害の計算で計るわけにはゆかないのです。昨日までは我を忘れて、湯槽に抱擁し、土地に貪着していた人々が、今日はわれ先にとこの天地を逃れようとするところから、人間界に動乱が生じました。
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