の平湯のつい後ろにそそり立っている焼ヶ岳、硫黄岳が鳴動をはじめたのです。
焼ヶ岳は、信濃と飛騨に跨《またが》って、穂高と乗鞍の間に屹立《きつりつ》する約二千五百メートル、日本北アルプスの唯一の活火山ですから、鳴動することはそんなに不思議ではありません。常に煙を炎々と吐いているくらいの山だから、時に吼《ほ》え出すこともあたりまえなのであります。
古来鳴動の歴史もずいぶん古いものでありましたが、土地が高峻にして人目に触るる機会が少なかったために、その鳴動も、浅間や磐梯のように、人を聳動《しょうどう》はせしめませんでした。ところが、この際、この歓楽の日うちつづくうちの或る夕方――突然鳴り出したことも、気にしたものとしなかったものと、気にするにもしないにも、それが耳に入らなかった者の方が多かったのですが、その夜寝て翌朝の暁、俄然とした大鳴動が、ほとんど平湯にいた残らずの人の夢を打ち破ってしまいました。
この鳴動だけは、誰も聞かなかったというわけにはゆかなかったのは、山が大鳴動をしたのみならず、寝ている床の下が大震動をしたのですから、一時に夢を破られた連中がみな飛び出しました。
飛び出し
前へ
次へ
全433ページ中302ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング