ぞれ適当に相手にはことを欠かないで、まず腰の曲った年寄と胸紐の附いた子供を除いては、男女ともにお茶を引くというようなものは一人もなかったはずです。
北原賢次一行は、ここへ打込んで困りました。生命に別条はないけれども、内出血がしているから三四週間はかかるという負傷を、ここで療治しなければならぬ、品右衛門爺さんは越中の方へ出てしまったが、高山へ寄りつけないで立戻って来た町田と久助は、お雪ちゃんのことを心配しながら北原の看病です。その間、高山方面から続々来投の客に向って、それとなくお雪ちゃんらしいものの動静を尋ねてみるが、当てになるのは一つもない。
そうしてこの三人は、薬師堂の一間を借りて養生をしながら、みるみる歓楽の天地になってゆく平湯一帯の景気を見て胆を冷してしまいました。
大抵のことには動じないで来たが、この景気と羽目の外し方には呆《あき》れる。人間同士が世間態というものを忘れてしまって、快楽そのものが無方図に許される社会というものを見せつけられて、北原が憤慨したのは、自分は不幸なる怪我で、この歓楽の渦中へ投ずる機能を失った残念さをいらだったのではありません。人の好い久助さんです
前へ
次へ
全433ページ中300ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング