国の女の肌目の荒い細かいを覘《うかが》っていそうなものだが、さていずれを見渡しても当時、この平湯には奴の姿が見えないのは抜かりだとは思われるが、あいつは本来、温泉場は鬼門なので、温泉が嫌いなわけではないが、あいつの肌が駄目なのだ、いや、肌は自慢で見せたいくらいなんだが、五体の中の一部が人様の前へは出せないことになっている、すなわち、研《と》いでも、つくろっても、どうにもならない右の腕の筒切りにされている附根の不恰好というものが、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎ほどの図々しい面の皮を以てして、はりかくすことのできないという弱味が、人様の前で裸体を見せることを遠慮せしめるという、しおらしい次第になる。
 ですから、百はいかに目下の飛騨の平湯が肉慾の天国であっても、そこで衆と共に快楽を共にすることができないということになっているのは、あいつにとって悲惨の至りと言わねばならぬ。
 そんなことはどうでもよい、ここに集まる別天地の歓楽の衆の中に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百がいようとも、女の相場が狂うわけではなく、あいつがいないとしても、色男の払底を告げるというわけでもなく、それ
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